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2021-10-19

何か一つだけから答えを知ろうなんてできない

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インドの伝統医学、アーユルヴェーダは地球や人間をホリスティックで見いく。
頭ではわかっているんだけど、
ついつい何か一つのことで答えを知ろうとしてしまう現代病が出てくるのだけれど
一つのことで何かを当てようとすると(○○だから△△ドーシャが乱れているなどといった、占いみたいな見方)、途端にアーユルヴェーダから離れてしまう。

今日Podcast番組「a scope」で諸行無常の話をしていた。
ヒンディー語では「今日」と「明日」の言葉が一緒なんだそう。
話している中の文脈でそれが「今日」なのか「明日」なのか判断するそうだ。

わかりやすく書いていたblogがあったので貼っておきます!
ヒンディー語では「昨日」と「明日」が一緒!?

これを聴いて、インドで始まったアーユルヴェーダのホリスティックな視点がなんだかわかった気がした。
今っていう瞬間があることが大前提で、でもその今も常に変化している中で、
その今を起点にして昨日と明日があるけれど、どこかだけで答えを見ようとせず、
大きい枠で捉えているんだなと思った。

私たち日本人は明日なのか、今日なのか、昨日なのかと時間を区切りたがるけれど
その区切りはそんなに大切だと思っていないんだろう。

そしてその単語(昨日or明日)のみで捉えず、文脈を読むこと。
そういう文化がホリスティックな視点になったのかもしれない。

アーユルヴェーダでも広く学んでいるつもりだけど
歴史や文化人類学的なところも知っていかないと本当の意味で理解できないのかもしれないよなぁ。
そもそも全然違う時間軸で生きているんだなぁ。

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